黒柳徹子さんも『篤姫』を欠かさず見ているとのことですね。
堺雅人さんの人生初舞台は、“カベムシ”だったとのことです。幼稚園の時代です。そして、この頃から、役について、幼稚園の先生と話し合ったりしたそうです。
堺さんは、育ったのは宮崎ですが、生まれは神戸とのことで、2歳のときに、父親の転勤で、宮崎に移ったとのことです。
そして、早稲田大学に進学、Wikipediaによりますと、第一文学部中国語・中国文学専修だったとのことですね。
進学後、演劇研究会の「東京オレンジ」に参加し、「小劇場のプリンス」と言われるようになったそうです。でも、堺さんによりますと、「小劇場のプリンス」と言われたのは、プリンスの役をやったからとのことです。高校も演劇部だったそうです。
堺さんは、「映画に出たい」とか「この人と共演したい」とかということではなく、「自分はどういうお芝居が好きなんだろう」「自分はどういう言葉が好きなんだろう」というひとり言から演劇を始めたところがあったとのことです。
全く授業に出ていなかったので、3年ぐらいのときに大学中退。中退後は、お金がなく、野菜を買う余裕もなくて、タンポポの葉をゆがいて食べたこともあったそうです。アルバイトは、通販番組の受注の仕事や、引越し屋、ドーナツ屋などで働いたとのことです。
しかし、好きなお芝居をやって、貧しいとはいえ暮らしていたので、下積みという意識はなかったと語っています。
NHK朝の連続テレビ小説『オードリー』出演の頃から、バイトをしなくても食べていけるようになったそうです。ということは、およそ8年前ということになりますね。
関係のない話ですが、ここで、『篤姫』の初瀬役の宮地雅子さんが出ている、「お米のマルエー」のCMが流れました(笑) 初めて見たCMでした。流れたのは関西地区だけかもしれませんが…
堺さんは、運動は苦手で、劇団に入ってから、走ったり、腕立て伏せや腹筋とかをやらされて、大学2年のときに初めて、逆上がりが出来るようになったとのことです。
篤姫の家定役についてですが、「家定の人物像にしても、少ないながらも、資料が残っていて、それとなるべく矛盾しないように、だけど、その中で遊び心がいっぱいあるように、脚本家の田淵さんや監督の方々が考えてくださって、それにのっかって」演じたとのことです。
まさに、ハリスが将軍に謁見したシーンがそれですね。ハリスの手記に、ある程度記録が残っているので、それを取り入れながら、素晴らしい発想の演出がなされたわけですね。
そして、映画『ジャージの二人』についての話がありました。シーナ&ロケッツの鮎川誠さん共演の映画ですね。
『ジャージの二人』にしても、宮崎あおいさん出演の『ハブと拳骨』にしても、残念ながら、関西ではまだ上映していないんですよね。早く見たいです。
最後に、「家定を演じて、今はどう思っていますか?」という質問に、「家定は実際もう亡くなっているので、これからの篤姫を見守りたい」と語っていました。「愛してらしたんでしょう?」という質問には、「そうですね」と答えていました。ここで、番組は終わりました。
それにしましても、堺さんは、本当に気品があって、それでいて近づき難いという感じはなく、温厚・柔和で気さくな印象でした。とても素敵な人柄の方だなぁと思いました。
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